なら再発見
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時の鐘 ―― 古都に響く音色楽しむ
 
 「柿食えば 鐘が鳴るなり 法隆寺」奈良の秋にふさわしい正岡子規の代表句だ。句には「法隆寺の茶店に憩(いこ)いて」と前書きがある。子規が聞いた鐘は、法隆寺西円堂(さいえんどう)の時の鐘だ。
 峯(みね)の薬師ともいわれる西円堂は五重塔と金堂のある西院伽藍(がらん)から西北の小高い丘にあり、2月の節分の鬼追い式で知られる。その鐘楼では午前8時、10時、正午、午後2時、4時の2時間おきに、時刻の数だけ1日5回鐘がつかれる。以前は午前6時と午後6時にもつかれていたという。
 ところが、子規のこの句は実際に法隆寺で詠まれたのではないとの説がある。本人が書き残したところでは、明治28年10月奈良市の旅館・對山楼(たいざんろう)(現在の料亭・天平倶楽部)に泊まったとき、御所柿(ごしょがき)を食べながら東大寺の鐘の音を聞いた。そこで「秋暮る 奈良の旅籠(はたご)や 柿の味」「長き夜や 初夜(しょや)の鐘撞く 東大寺」と詠んでいる。「柿食えば」の句は、最初「東大寺」と詠み、翌日法隆寺に行って詠み直したのではないか、という説だが、真偽のほどは定かではない。
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 子規が聞いた東大寺の鐘は、いわゆる初夜(午後8時)の鐘で、今も毎日1回同時刻に鳴らされる。打数は18、最初と最後は続けて2打つく。つき手は鐘を守る大鐘家(おおがねや)の川邊(かわべ)家が明治時代から代々奉仕している。
 鐘は奈良時代の創建当初の鋳造で、一般には奈良太郎、南都太郎とも呼ばれ、東大寺では大鐘(おおがね)と呼んでいる。名前のとおり高さ3.9メートル、重さ26.3トンあり、撞木(しゅもく)も大型で長さ4.5メートル、重さ約200キロもある。
 鐘楼は、鎌倉時代に重源(ちょうげん)上人のあとを継いで東大寺の大勧進(だいかんじん)となった栄西(ようさい)が再建した。大仏様(だいぶつよう)といわれる堂々とした建物だ。

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 江戸時代、一般の人たちは時計を持っていなかったので、時を知らせるため寺で鐘をついた。それを「時の鐘」という。  江戸時代の時刻制度は、日のあるうちが昼で、日が暮れれば夜とし、昼夜をそれぞれ6等分、これを一時(いっとき)(一刻、約2時間)とした。農民の多かった江戸時代には、日の出と日の入りを基準とした時刻の方が分かりやすく合理的だった。夜明けの時刻を「明六ツ(あけむつ)」といい、日暮れの時刻を「暮六ツ(くれむつ)」といった。
 ならまちに響く時の鐘は、興福寺南円堂の鐘だ。子院観禅院(かんぜんいん)に伝来した奈良時代の国宝の鐘を複製したもので、午前6時、正午、午後6時と毎日3回、時刻の数だけつかれる。
 西ノ京の薬師寺や唐招提寺では、午前5時、午後5時の1日2回、朝は勤行(ごんぎょう)の開始、午後は閉門の合図として鐘がつかれる。薬師寺は1回5打だが、唐招提寺は1回6打と打数が違う。唐招提寺では今でも明六ツの鐘、暮六ツの鐘と呼び、その名残を残しているためだ。
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正午には、鐘と同時に僧侶が吹くほら貝の音が響く=桜井市の長谷寺

 長谷寺(桜井市)の登廊(のぼりろう)を上りきったところに鐘楼がある。この鐘は「尾上(おのえ)の鐘」と呼ばれる。藤原定家(さだいえ)の歌「年を経ぬ 祈る契(ちぎり)は初瀬山(はつせやま) 尾上の鐘の よその夕暮れ」にちなむという。
 また「未来鐘(みらいがね)」とも呼ばれる。昔ある信心深いがひどく貧しい男が「将来私の願いがかなったら、大きな鐘を奉納しましょう」と告げたところ、まわりから「未来の話か」と笑われた。その後観音様の霊験で出世し、約束通り大鐘を奉納したことから、こう呼ばれるようになったという。
 鐘がつかれるのは毎日2回、午前6時と正午だが、正午の鐘の時は珍しい光景が見られる。鐘と同時に修行中の僧侶によって、ほら貝が吹かれるのだ。江戸時代の本居宣長(もとおりのりなが)は、清少納言も聞いたというこのほら貝の音に驚いた。
 「名も高く はつせの寺の かねてより ききこし音を 今ぞ聞ける」
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 静かな中に響く鐘の音を聞くのも古都奈良の楽しみ方の一つだろう。時の鐘を参詣者がつくことはできないが、除夜(じょや)の鐘なら参加できる寺院は多い。今年の大みそかには、近くの寺院で除夜の鐘をついて新年を迎えてみてはどうだろう。


(NPO法人奈良まほろばソムリエの会 石田一雄)

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