なら再発見
第6回へ                  第7回 2012年11月17日掲載                  第8回へ
東大寺 ―― 相輪に東西七重塔しのぶ
 奈良市の奈良公園を代表する高い建物といえば、高さ約50メートルの興福寺五重塔だろう。特に猿沢池から見上げる五重塔は、絶景といえる。
 かつて東大寺にも、高さ100メートルの東西2つの七重塔があったという。大仏殿の東西に塔がそびえる様子は、大仏殿内にある創建当初の境内を示す伽藍(がらん)模型でも知ることができる。
 2つの塔の跡は現存しており、南大門をくぐって大仏殿に向かう参道に対して、左右対称の位置にある。
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 参道は、白蛇川という小川沿いの東西の道と交差する。川沿いを東へ緩やかな坂道を上ると、芝生がこんもりと盛り上がった場所がみえる。これが東塔跡だ。登ると四角形の台地になっている。礎石はないが、この上に七重塔が建っていた。
 一方、西塔跡は、白蛇川沿いを西へ下ると東大寺福祉療育病院が見えるが、その反対側の駐車場の奥にある。
 大仏開眼は752年だが、両塔の完成は764年頃と伝えられる。
 西塔は934年に落雷で焼失し、再建されなかった。東塔は1180年、平重衡(たいらのしげひら)の焼き打ちで焼失した後、一度再建されたが、落雷で再焼失したとされる。
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 ところが約40年前、高さ86メートルの七重塔が“復活”した。昭和45年開催の大阪万博のパビリオンで、東大寺の七重塔が復元されたのだった。
 コンセプトは「古代の夢と現代の夢」。未来の世界をイメージしたパビリオンが並ぶ中、この古代の復元建物は注目を集めた。
 パビリオン内では、「東大寺七重の塔とコンピュートピア」として、国産コンピュータを使った音楽ショーやテレビ電話コーナーなどが公開された。
 再現された七重塔の最上階にはエレベーターで上がり、展望回廊から万博会場を見渡すこともできた。
 その七重塔最上部の相輪(そうりん)部は万博終了後、東大寺に寄贈された。東大寺境内の手向山八幡宮の鳥居近くに、金色に輝く相輪が見える。これが復元された相輪で、高さは23.3メートルある。
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復元展示されている東大寺の七重塔の相輪=奈良市
 平成22年4月、東大寺は東塔再建に向けて、塔跡の発掘調査を始めると発表した。
 その後の地中レーダー探査で、塔を囲む回廊の四方にあった門のうち、3か所の遺構が確認されている。
 東塔跡周辺は、東大寺境内でも桜や紅葉のきれいなエリア。東塔跡で季節の木々をめでながら、七重塔がそびえ立つ姿を想像してみてはいかがだろう。

(奈良まほろばソムリエ友の会 石田一雄)
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