なら再発見
第9回へ                  第10回 2012年12月22日掲載                  第11回へ
桜井・大神神社 ――三輪の巳さんの好物は?
 桜井市の大神神社の祭神、大物主神(おおものぬしのかみ)は蛇(へび)と日本書紀の「崇神紀」に記されている。箸墓(はしはか)伝説として知られている話だ。
 日本書紀によると、同市の箸墓古墳の被葬者と伝わるヤマトトトビモモソヒメは、三輪山の大物主神の妻となった。
夜しか通ってこない夫に「姿を見せてほしい」と頼むと、夫は「明日の朝、櫛(くし)の箱に入っているから驚かないように」と言った。翌朝、彼女が箱をあけると、そこには美しい小蛇が入っていた、と記されている。
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 蛇のことを、大和では親しみをこめて「巳(みぃ)さん」と呼ぶ。家の守り神で、普請(ふしん)や手入れの際、当主が亡くなったときに姿を現すという話を聞いた。
 私の曾祖母は三輪山麓の集落で育ち、三輪信仰が深かった。
 彼女の兄が肺炎にかかったとき、病気平癒を祈願し、三輪山で十日間の水行をした。満願の日、白い巳さんに会い、「ああ、助けてもらった」と確信したそうだ。
 その日を境に兄の熱は下がり、完治したという話を幼いころから何度も聞かされてきた。だから私は蛇が怖くないし、年配の奈良の人がよくそうするように、「今そこに巳さんいてはった」というように敬語を使う。
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 なぜ蛇は神として崇(あが)められたのだろう。諸説あるが、蛇は何度も脱皮を繰り返す。「再生の象徴」と考えられてきた、という説がうなずける。
卵などが供えられている「巳の神杉」=桜井市の大神神社
 蛇は「竜」を連想させるため竜神と習合し、雨を呼ぶとも考えられてきた。
 農林水産省のホームページによると、昨年の国内農業就業人口は約260万人で、人口に占める割合は約2%。一方、明治以前は推定85%以上で、大半の国民が農業に従事していたとされる。
 米作りにとって水は必要不可欠。雨水だけに頼らず、ため池を作り、営々と努力を重ねてきたが、最後は自然の力に頼るしかない。そこで日本の宗教は、水への信仰に傾斜してきたという面がある。多くの神社は水と関係のある神を祀り、蛇を水神の化身として崇めている。

 大神神社の拝殿や、巳さんが住むと伝わる「巳の神杉」前に立った人は、他の神社ではあまり見かけない供え物に気づくだろう。なんと卵だ。参拝者は、巳さんの大好物を供える。曾祖母は、家の塀の上に巳さんが現われるのを知って、卵に穴をあけて置いていた。しばらくすると、卵は殻だけになっていた。
 毎年多くの初詣客でにぎわう大神神社は、境内が大混雑する。拝殿に近寄れず、賽銭(さいせん)は遠くから投げ入れることになるが、巳さんの好物は、必ず前まで持っていって静かに供えて下さい。

(奈良まほろばソムリエ友の会 辰馬真知子)
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