大阪府との境にある金剛山地のふもとでは、いく筋もの小川が、田畑を潤しながら東へと流れています。その一筋に高田川があります。
かつては御手洗(みたらい)川と呼ばれ古来、身を清めるために使われ、上流から不浄のものを流すことを固く禁じてきました。その川の北側に金村神社が鎮座しています。
今では境内わずか約84坪(約280平方メートル)に一間社春日造(正面の柱間が一つで、切り妻屋根で棟と直角な面に入り口がある様式)の本殿がある小さな神社ですが、平安時代の神社一覧である「延喜式神名帳(えんぎしきじんみょうちょう)」には大社として名を連ね、八丁(約800メートル)四方に及ぶ広さでした。
かつて一の鳥居は、約1キロ南の脇田地区にあったそうです。
社伝によると、祭神は大伴金村(かなむら)です。金村は仁賢天皇から欽明天皇まで6代にわたり活躍しました。武烈天皇の崩御で皇統が絶えようとした時、応神天皇の子孫を越前(福井県中部)から探し出して、第26代継体天皇として即位させました。
しかし第29代欽明天皇の時代に、百済から賄賂を受け取ったと疑われて、失脚しました。
金村が世を去ってから大伴氏は政治の表舞台から姿を消しましたが、のち旅人(たびと)や家持などが歌の世界で名を残しました。
(奈良まほろばソムリエの会会員 東辻裕子)
(住所)葛城市大屋213
(祭神)大伴金村
(交通)近鉄新庄駅から徒歩約25分
(拝観)境内自由
(駐車場)無
(電話)無
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