甲斐(かい)神社は矢田丘陵の東側に広がる村落に鎮座します。旧道沿いに立つ一の鳥居をくぐり、参道を進むと、南向きの二の鳥居が現れます。
鳥居の向こうの拝殿は間口11間(約20メートル)の長大な建物です。拝殿の奥に、幣殿(へいでん)と木々に囲まれた本殿があります。
神社の看板「御由緒」に、創始などに関する詳しい説明があります。
当社は平安時代に創始された田中村の鎮守の神で、祭神は中臣氏と藤原氏の祖神・天児屋命(あめのこやねのみこと)。社名は「田中社」で、通称「甲斐明神」。平安時代の歴史書「日本三代実録」に大和国の無位・田中神に従五位下(じゅごいのげ)を授けるとあり、江戸時代の地誌である「大和志」は、この「田中神」を当社だとします。そして鎌倉時代の「玉葉和歌集」にある藤原為家の「山きはの田中のもりに注連(しめ)はえて今日里人は神まつるなり」の歌を引用して、里人が千年以上崇拝してきたこの神社を今も誇りにしている、と記しています。
拝殿の広い空間は、五穀豊穣、災難除けや長寿を願う里人たちが集まる場です。
神社名の由来は定かではなく、参拝者に神のご利益があり頼りがいがあることから、「甲斐がある」の意を込めて甲斐神社と呼ばれるようになったとも言われています。
(奈良まほろばソムリエの会会員 島田宗人)
(住所)大和郡山市田中町234
(祭神)天児屋命
(交通)近鉄郡山駅から徒歩約25分
(拝観)境内自由
(駐車場)なし
(電話)なし
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